『文字の食卓』

読書家ではないので、このブログに読んだ本の感想を書くことは全く考えてないんですけど、例外のひとつとしてこの一冊のことを書いておきます。

文字の食卓

「この書体はこういう味わいがあります」と解説している本ではありません。「私はこの書体をこう味わってきた」とひたすら伝えようとしている本です。

著者の正木さんにとって、おそらく書体名はどうでもよく、むしろ書体名があることを邪魔だとさえ思っているかもしれません。大切なのは「文字たちが集まった様子」そのものであって、その様子を味わってきた記憶を丁寧に見つめて書いていることがうかがえます。

「文字たちが集まった様子」と私がここで表現するのは、私自身の記憶があるからです。

中学生の頃、新潮文庫と岩波文庫の「文字たちが集まった様子」がどうして違うのか不思議で仕方がありませんでした。1ページの中の行数をかぞえ、1行の中の文字数をかぞえ、行間の広さや文字の大きさを比べ、つまり組み方の違いが様子の違いとなってそれぞれの独特さを醸し出しているのだと思いました。とても偏った見方ですが、そう間違っていたわけでもないと今も思っています。

書体というのは、文字のひとつひとつの形のことではなく、それが集まって組まれたときに表れる姿体のことだと、文字組版を業にしている私は捉えています。その姿体の印象は、もちろん文字の形からくるものですが、組まれたときにはじめて醸し出されるものでもあります。

正木さんが書いているのは、文字の形の印象というよりも、文字が組まれた姿の印象なのだと思っています。私が『文字の食卓』に魅了されると同時に、感謝の気持ちを抱くのは、それを語ってくれているからです。

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